人々が映画と出会い、輝いていく瞬間に立ち会いたい/こども映画教室 土肥悦子さん

2015年02月25日

人々が映画と出会い、輝いていく瞬間に立ち会いたい/任意団体「こども映画教室」代表 ミニシアター「シネモンド」代表 土肥悦子さん【私の仕事Lifeの転機】

結婚を機に移り住み、知り合いもほとんどいなかった金沢で、当時1歳の息子さんを抱えながら1998年にミニシアター「シネモンド」を開館した土肥悦子さん。2013年からは金沢で企画・プロデュースしてきた「こども映画教室」を全国各地に広め、教育関係者からも注目されている。
こども映画教室土肥悦子さん

土肥悦子(どひえつこ)/東京都出身。ミニシアターブーム全盛期の1989年に映画配給興行会社・ユーロスペースに入社し、イランのアッバス・キアロスタミ監督などの作品の買付け・宣伝を担当。95年結婚を機に退職し、石川県・金沢市に転居(01年より東京都在住)。98年、ミニシアター「シネモンド」を開館。2004年より金沢にて「こども映画教室」を企画・プロデュース。13年4月、任意団体「こども映画教室」を設立。

自分の観たい映画をスクリーンで上映したくて、ミニシアターを開館

東京・渋谷にある映画会社「ユーロスペース」で買付けや宣伝の仕事をしていた土肥さんが、結婚を機に金沢に移り住んだのは32歳のとき。自分の観たい作品を上映する映画館が金沢にひとつもないことに愕然としたという。
「東京では当時ミニシアター(定員200人前後の独立系映画館)が全盛。私も一映画ファンとしてさまざまなジャンルの作品を観ていましたが、金沢にはメジャーな作品を上映する映画館しかありませんでした」
「それならば、自分で」と映画会社での経験を生かして年に数回のペースで自主上映会を開催し、地元の映画ファンが潜在していることを知った。
「ところが、いつも利用していた会場が映写機の老朽化で使用できなくなってしまって…。『このままでは、自分の観たい映画が観られなくなってしまう!』と後先も考えず作ってしまったのがミニシアター『シネモンド』でした」
金沢に住んで4年目、1歳の息子とお腹には二人目を抱えての開館だった。

若い世代に映画を好きになってもらいたくて始めた「こども映画教室」

子どもたちの文集

「こども映画教室」に参加した子どもたちの文集。「グループのみんなにうまく意見が言えなくてケンカもしたけど、最終日はみんなと別れたくなくて泣いた」など子どもたちの成長を感じられる文面。

「シネモンド」は小品ながら良質な作品や、ほかの映画館では観られないドキュメンタリーなど多種多様な作品を次々と紹介し、金沢の映画ファンが集う場に成長。一方、シネコン(複合型映画館)の進出で金沢市中心部の映画館は次々と閉館し、2000年ごろには「シネモンド」を残すのみとなった。
「『シネモンド』も若い客層が減っていることが課題で、経営は綱渡り状態でした。ここで私たちまで閉館すれば、映画を文化として楽しめる環境が地元になくなってしまう。もっと地域に根ざし、若い世代に映画を好きになってもらえるような活動をできないかと考えたとき、頭に浮かんだのが、チリのドキュメンタリー映画『100人の子供たちが列車を待っている』(1989年)で取り上げられていた「こども映画教室」でした。貧しい生活をしている子どもたちが映像の仕組みを学び、名画に触れ、自信を得て、目を輝かせていく。その姿が強く心に残っていて、『あの映画教室をやりたい』と。配給会社にお借りしたビデオを繰り返し観て授業内容のポイントを書き出し、それをそのままやってみたのが、『こども映画教室』のはじまり。シネモンド開館6年目のことです」

子どもたちと、映画が好きでたまらない大人が出会う場に

「こども映画教室」を始めるにあたって決めたルールはふたつ。ひとつ目は子どもの自主性を大切にするために、大人が手出し、口出しをしないこと。もうひとつはプロの映画監督に講師をお願いすることだ。
「プロの映画監督というのは、本気で映画づくりに取り組んでいる人たち。映画に対する熱を持っています。『こども映画教室』は大人が何かを教えるのではなく、子どもたちと映画が好きでたまらない大人が出会う場にしたかったんです」
子どもたちの反応は開催前に期待していた以上で、参加者の大半がリピーターに。親子で映画を観に来てくれる人も増えた。活動に賛同する映画関係者は多く、是枝裕和さん、諏訪敦彦さん、河瀨直美さんなど第一線で活躍する映画監督たちが特別講師として協力してくれた。
「教室を始めたとき、自分たちの意志でものを作ることが子どもたちの表情をこんなに輝かせるなんてと驚きました。その表情をもたらすのがほかならぬ映画だということが、映画好きの大人にとってはたまらない魅力なんですよね。ボランティアのスタッフも毎回感動して「楽しいから、またやりたい」と来てくれて、手伝ってくれる人がどんどん増えていきました」

全国のミニシアターと協力し、「こども映画教室」を全国に広げたい

「活動を全国に広げたい」と13年には東京で任意団体「こども映画教室」を設立。14年には東京都内のほか横浜市、福島・相馬市などで11回のワークショップを開催した。現在は横浜市の公立小学校での映画教室もコーディネートしている。
「『こども映画教室』を始めた時から、公立小学校での開催は私の一番やりたかったこと。公立小学校で開催すれば、家庭環境にかかわらず、より多くの子どもたちに映画と出会ってもらえますから。声をかけて頂いたときは、本当にうれしかったです」
今後は全国のミニシアターの館主と協力して、さらに広い地域で教室を開きたいと考えている。そのために、持続可能な組織を作ることが目下の課題だ。
「『こども映画教室』の運営は約20人のボランティアスタッフたちに支えられていますが、活動規模を広げるには資金調達の知識を持った人材や事務局に常駐するスタッフを採用することも将来的に必要かもしれません。」

同じ思いをわかち合う仲間と一緒なら、たいていのことはなんとかなる

お気に入りのアイテム

お気に入りのオイル万華鏡とドロップモーション。「毎日慌ただしく過ごしているので、こういうものをぼーっと眺めていると癒されます」と土肥さん。

「シネモンド」の入場者は減少傾向にあり、運営費の赤字が続いて「お客さんが来てくれないのに、なんで続けているんだろう」と自問した時期もある。だが、2013年に開館15周年記念イベントの費用として35万円をクラウドファンディングで募ったときには4日間で目標金額に到達。任意団体「こども映画教室」の第一回目の教室も運営費の一部をクラウドファンディングでまかなって開催できた。
「映画を必要としている人はたくさんいると感じて勇気づけられました。それに、こども映画教室には素晴らしいスタッフが集まってくれて、私自身がとても楽しいんです。人々が映画に出会い、輝いていく瞬間に立ち合いたい。同じ思いをわかち合う仲間と一緒だから、たいていのことは『やり切ればなんとかなる』と思って突き進んできましたし、これからもなんとかなる気がしています。みんなには『暗闇の中を走り抜けるようなことはやめて』と苦笑いされていますが(笑)」

 

土肥さんの好きな映画:シェルブールの雨傘
編集部より>>こども映画教室のすすめ
書籍『こども映画教室のすすめ』(春秋社/税抜き2300円)には土肥さんたちの活動が詳しく紹介されているので、関心を持った人はぜひ読んでみてください。
次回の『こども映画教室』は金沢21世紀美術館で2015年3月26日(木)から3日間の開催。首都圏からの参加もできます。
◆金沢コミュニティシネマ「こども映画教室事務局」
電話:076-220-5007/fax:076-220-5008/mail@cine-monde.com

文:泉彩子/撮影:刑部友康
※ タウンワークマガジンより