女性ならではのアイデアを活かしてシェアハウスを運営/チューリップ不動産株式会社 代表取締役 水谷紀枝さん

2015年10月27日

女性ならではのアイデアを活かしてシェアハウス18軒を運営/チューリップ不動産株式会社 代表取締役 水谷紀枝さん【私の仕事Lifeの転機】

東京都内で女性専用のシェアハウス18軒を管理・運営しているチューリップ不動産。「シェアハウス」という言葉がなかった2002年に起業し、新しいコンセプトを形にしてきた水谷さんの思いとは?
チューリップ不動産 水谷紀絵さん

水谷紀枝(みずたにのりえ)/1970年愛知県生まれ。94年ロンドン大学の美術系カレッジ卒業。帰国後、愛知県のデザイン会社に勤務。97年に結婚を機に退職後、専業主婦を経て98年大手不動産会社の子会社に就職。不動産金融営業、賃貸マンション事業管理営業に携わる。2002年、出産を機に退職。同年、チューリップ不動産を設立。03年10月にシェアハウス1号をオープンし、15年10月現在、18軒を運営している。

育児と仕事を両立するための現実的な手段として、起業を思い立った

水谷さんが第一子を妊娠したのは32歳の時。当時は大手不動産会社の営業職として高級物件の管理を担当していた。
「出産後は復職するつもりでしたが、育児との両立は難しそうだったので、やむを得ず退職しました。でも、不動産の仕事は好きだから、続けたい。『育児と両立できる、いい方法はないかな』と考えた時に、ふと『起業しよう』と思ったんです。出産後、他の不動産会社で働いたとしても、妊娠した時にまた辞めなければいけなくなるかもしれません。自分で会社をやれば、マイペースで働ける。これは名案だと(笑)」
出産後5日目に不動産の事業者免許を取得し、貯金300万円を資金に「チューリップ不動産」を開業。当初は会社員時代同様、高級物件の仲介をやっていくつもりだった。
「ところが、お客さんも来ないし、そもそも物件の管理を任せてくれる大家さんがいない。考えてみれば当然で、何の実績もない会社に大切な資産を任せてくれる人がいるはずがありません。あれやこれやと試してもダメで、起業10カ月目を迎えたころに思いついたのが、自分が大家さんになってしまうこと。物件を借り上げて『エア大家さん』になれば、管理もできる。じゃあ、どんな物件なら高い収益率を見込めるかを思案して、イメージしたのが当時中長期滞在の外国人を中心に利用されていた『ゲストハウス』。キッチンやお風呂などを共有するかわりに敷金・礼金はなく、細かく部屋を分けて家賃を低めに抑える合理的なスタイルなので、1軒をフルに活用できると考えました」

カーテンを縫って、壁紙を貼って。手作りで女性専用シェアハウスをオープン

管理するシェアハウスに行ったときは入居者との会話を楽しみ、日常生活のちょっとした相談にもさりげなく乗る。

管理するシェアハウスに行ったときは入居者との会話を楽しみ、日常生活のちょっとした相談にもさりげなく乗る。

水谷さんが起業した当時、ゲストハウスはさまざまな国籍の人が男女問わず住んでいるケースがほとんどで、「女性が安心して暮らせない」というイメージもあった。そこで生み出したのが「女性専用」というコンセプト。ゲストハウスとは一線を画すために、名前は「シェアハウス」と呼ぶことにした。
「東京でひとり暮らしをしたいけれど、家賃が高くて一歩踏み出せないという女性は多いはず。女性のお給料でも暮らせる『シェアハウス』なら、ニーズは必ずあるし、私自身が女性なので、男性の多い不動産業界の中で差別化できるなと。こう話すと戦略的に聞こえるかもしれませんが、自分が今できることを考えたら、それしかなかったというのが正直なところです」
不特定多数の人が入居することに難色を示す大家さんが多く、物件探しは難航した。
「唯一紹介してもらえたのが、ワンルームマンションの1階で借り手のつかない3部屋。真ん中の部屋は共有スペース。両側の部屋に三段ベッドを作り、12人が寝泊まりできるようにしました。資金があまりなかったので、共有スペースの家具は自分の家や実家で使っていたものを運び込み、カーテンはミシンで手作り。壁紙も自分で貼りました」
ホームページも手作りし、2003年10月にオープンしたシェアハウス「中野ハウス1号」の賃料は2万9000円だった。
「個人スペースはうなぎの寝床のようなものでした。『本当にここに住む人がいるの?』と心配しましたが、意外といて(笑)。フリーターや派遣社員の若い女性に喜んでもらえ、手ごたえを感じました」

起業を考える女性たちがゆるくつながれる場を作りたい

入居者が快適に過ごせるよう、管理物件をこまめに回って共有スペースの状況をチェックしている。目についた汚れをさっとふくためのぞうきん、建具を直すための工具は常に仕事かばんの中に。入居者へのメッセージを残すための付せんも必需品。

入居者が快適に過ごせるよう、管理物件をこまめに回って共有スペースの状況をチェックしている。目についた汚れをさっとふくためのぞうきん、建具を直すための工具は常に仕事かばんの中に。入居者へのメッセージを残すための付せんも必需品。

実績ができると物件を借りやすくなり、2004年には2軒目、3軒目をオープン。評判を聞きつけて「管理を任せたい」という大家さんも現れ、現在では18軒を管理・運営している。
「事業の拡大を意識していたわけではないんです。不景気が長く続いてシェアハウスの経済的な仕組みが注目され、時流に乗ることができました。もちろん、失敗もありますよ。収益が出なくて、閉じた物件もあります。でも、賭けには出ず、自己資金でできる範囲でやってきたので、大きな事故はありません。徐行運転で、気がつくと遠くまで来ていたという感じ。それから、シェアハウスの管理・運営って女性に向いている気がするんです。この仕事で大事なのは入居者の方たちが快適に過ごせる環境作り。それは大きなイベントを企画するといったことではなくて、こまめに掃除をしたり、ごみ捨てのルールを作ったり、ささやかな、ごく日常的なことです。家族のために『ごみ箱はこっちにあった方が便利かな』と考える、ハウスキーピングのような感覚が生かせるので、続けて来られたんだと思います」
シェアハウスの管理・運営では「入居者とある程度の距離を保つことも心がけている」とクールに話す水谷さんだが、夢をかなえようと頑張っているさまざまな女性入居者たちの姿を見守ってきただけに、彼女たちを応援したいという気持ちはひと一倍強い。
「怪しいビジネスの話にだまされてしまったり、体調を崩したりして挫折した人たちもいました。女性の場合は競ったり、無謀な目標を狙わず、足元を固めて少しずつ成長していくことが大事と切に思うんです。そのためにみんなで協力し合える仕組み作りができたらと考え、第一歩として今年からコワーキングスペース(異なる仕事を持った人が集まって共有する仕事場)つきのシェアハウスをオープンしました。外国人の入居者も積極的に受け入れているので、多様なコミュニケーションやアイデアが生まれる場に育っていってくれたらと願っています。こうやって新しいことができるのは、手伝ってくれるスタッフがいるお陰。今後私はサポート役にまわり、スタッフが力を発揮できる環境を作っていきたいと思っています。その結果、みんなで『面白い』と思えるものを作り続けていけたらうれしいですね」

水谷さんの好きな言葉:“頑張った後には良いことがある”
「20代のころは何かを頑張った思い出がなくて。自戒の言葉として、怠けそうになった時に自分に言い聞かせています」と水谷さん
編集部より>>
水谷さんが運営する東京・神楽坂のシェアハウス「Chilli Pepper and Cream」では、毎月最終土曜日にシェアハウスで起業したいと考える女性のために無料でノウハウを提供するセミナーを開催している参加希望者は「シェアハウスに興味を持った理由」など簡単な自己紹介とともに参加希望の旨を記載し、info@kagurazaka.coまで。
※席数制限あり。
http://www.tulip-e.com

文:泉彩子 撮影:刑部友康

※ タウンワークマガジンより