スペシャルインタビュー 俳優 唐沢寿明さん
いまや日本の映画界を牽引する俳優のひとりである唐沢寿明さん。10代のころは、着ぐるみやスーツを着て演技をするスーツアクターでした。そんな、スーツアクターの日常と熱意を描いた映画『イン・ザ・ヒーロー』で主役を演じた唐沢さんに仕事に対する持論をうかがいました。唐沢節、炸裂です!
―――劇中、殺陣やアクションシーンでの俊敏な動きに驚きましたが、一番驚かされたのは、50歳を超えているとは思えない鍛え抜かれた上半身でした(笑)。
(唐沢さん)「台本を読んだら“ヒーロースーツを脱ぐと鍛え抜かれた肉体である”って書いてあったから、これは鍛えないとダメだなと思って(笑)。食事制限と筋力トレーニングを徹底的にやりましたよ。それでも、撮影中は何回かケガをしてしまって、筋肉がプチって切れる音を何度聞いたことか(笑)」
―――そんな身体を酷使するスーツアクターですが、ヒーローや怪獣などの着ぐるみ(スーツ)を着るために顔を出すことはほとんどないですよね。だからこそ、みんな“いつかは顔出しで演じたい”と思っている。唐沢さんはその夢を見事にかなえましたが、その理由は何だと思いますか?
(唐沢さん)「一生懸命やることだよね。スーツアクターだったころも今も手を抜いている仕事は一切ない。役者だけで食えない時代にやっていたコンビニのバイトも一生懸命やっていたしね。でもさ、夢なんて簡単にはかなわないものなんだよ。だって、自分よりスゴイ奴なんてたくさんいるんだもん。人間は誰しも“あいつのほうが評価されている”とか“こいつの方がデカい仕事をしている”とか比較しちゃうじゃない。それでイライラしたり、落ち込んだりして夢をあきらめてしまう。そういうときは、自分だけができることをいち早く見つけて一生懸命やることが大切なんだよ。周りに同じ夢を持った人や成功した人が100人いたとしても意識しないこと」
―――でも、なかなかそこまで達観できないですよね。その考えに行きつくまで、もがいたりしませんでした?
(唐沢さん)「小学3年生ぐらいから思っているからなぁ」
―――小学3年生!? それは早い!
(唐沢さん)「当時、橋爪功さんが悪役をやっているテレビドラマを観ていて、そのあまりの嫌なヤツぶりに腹を立てたり、泣いたりしていたんだよね。そうしたらおふくろに『テレビの中の話なんだから泣いているんじゃない!』と言われて“この人は演技をしているんだ”と初めて気が付いた。それまでは本当に悪いヤツがテレビに出ているもんだと思っていたから、いろんな人間を演じられる俳優ってすごい職業だと思った。それと同時に、たとえ、主役じゃなくても、こんなに人の心を動かすことができるならば、役柄なんて関係なく演じられるだけでいいじゃないかって。その思いが根底にあるから、俺はスーツアクターをはじめ、なんでも演じてきた。“主役をやりたい”と固執して、なれないことが続いたら地獄の人生じゃない?」
―――そうですね。周りの人が主役に抜擢される度に嫉妬してしまいそうです。
(唐沢さん)「でしょ! そんな毎日嫌じゃない。“私はあれがやりたい”と決めることは構わないけど、そのやりたいことが、自分に合わなかったり、才能が出し切れない場合もあると思う。そんなときは、恥をかいても傷ついてもいいから、今の自分を認めて何ができるかを考えて動くことが成功する秘訣じゃないかな。人間ひとつぐらい自分にしかできないことはあるからさ」
―――唐沢さんは俳優を仕事にしましたが“好きなことを仕事にした”という実感はありますか?
(唐沢さん)「確かに、好きなことを仕事にしたのかもしれないけれど、下積み時代からコツコツとやってきたことを今も続けている、という感じが大きいかな」
―――やりたいことを続けるコツって何でしょう。
(唐沢さん)「好きなことを好きであり続けることじゃないかな。好きだったら嫌なことがあっても我慢できるはずだから。俺もたくさん我慢してきたし、もちろん、これからも我慢することはあるだろうしね。それでも、やりたいことなら続けられるんだよ」
●Profile
からさわとしあき●1963年6月3日生まれ、東京都出身。東映アクションクラブから俳優人生をスタートさせ『仮面ライダー』シリーズの「ライダーマン」にもスーツアクターとして出演。その後は数々の映画、ドラマで活躍。近年は映画『20世紀少年』3部作、『ステキな金縛り』、ドラマ『白い巨塔』『ルーズヴェルト・ゲーム』などがある。
『イン・ザ・ヒーロー』 9月6日より全国公開
スーツアクター歴25年のベテラン、本城渉(唐沢寿明)は、いつか顔と名前を出して映画に出演することを夢見る熱い男。そんな彼にハリウッド映画のアクションの仕事が舞い込む。しかし、それは命を落としかねない危険なアクションであった。人気俳優、一ノ瀬リョウ(福士蒼汰)やスーツアクター仲間、別れた元妻(和久井映見)など、数々の人間模様を描きながら、真のヒーローとは何かを問う。今、頑張るすべての人に贈る奇跡の物語。
インタビュー・文/中屋麻依子 撮影/八木虎造