女性の社会進出の土台を築いた赤松良子さん「一度きりの人生だからこそ、何事も入念な準備は欠かせない」

2017年02月20日

かっこいい先輩に学ぶ!長く働き続ける理由
赤松良子さん

赤松良子さん

今年で88歳を迎える今もなお、女性政治家や候補者を支援するNGO「WIN WIN(ウィンウィン)」の代表や日本ユニセフ協会会長を務める赤松良子さん。男女雇用機会均等法の制定など、女性の社会進出に尽力し続け、こうして私たち女性が働くことができる環境を切り開いてきた大先輩です。
国連公使や労働省婦人少年局長、駐ウルグアイ大使、文部大臣などを歴任してきたキャリアウーマンのパイオニア的存在でもある赤松さんに、長く働き続けるために必要なことをうかがいました。

仕事選びで考えるべき3つのこと

仕事を選ぶとき、考えるべきことは3つあると思います。まず、自立して生活できる給料がもらえること。そして、自分の力が発揮できて、自分に合っていると思えること。さらに、それが社会の役に立っているということ。

時代の流れや社会の仕組みをきちんと理解して、自分の仕事が社会の中でどういう位置にあるのかを知ることは大切です。さらに、そうした仕事に必要な資格やスキルが身に付くように、しっかり勉強する努力を惜しんではいけませんね。

私にとって、仕事は常にこの3つを兼ね備えるものだから、仕事のない人生っていうのは考えられなかった。だから、絶対に仕事を続けていきたいと思ってここまできました。結婚や出産、子育てというライフステージに直面したときも、どうしたら仕事を辞めずに、どれも途中で放り出すことなくやっていけるか、事前によく考えて準備をちゃんとしてきましたね。いい加減に成り行きでやってはダメなの。きちんと準備をして、仕事と家庭を両立できる環境を整えておくことが大事です。

もちろん、準備のやり方は人それぞれの人生観に基づいて考えればいいと思います。子どもが欲しいなら子育てと両立できるような仕事を考え、今の仕事が大事なら子育ての手段をよく考える。

仕事を持って子どもを育てるには、自分が頑張るだけでは限界があるので、環境を変えていくという視点も必要です。勇気を出して自ら、あるいは有志と共に声をあげて、職場や自分が住む地域を、子育てしながら働きやすい環境に整備していくことも考えてほしいと思います。

赤松良子さん

時代の流れを読む

自分が働く時代の流れというのは、とても重要なんですよ。今の人にとってはパソコンで色々できるのは当たり前かもしれないですけど、私はパソコンに関しては苦手で難しいことはできない。なんせ、パソコンが普及したのは私が60歳を過ぎてですから。そういう、文明の利器や技術が自分が何歳の時に広まるかというのは、とても大事な競争条件でもあるし、身に付けるべきスキルの指標でもあります。

私が働こうとしていた頃は、タイプライターの時代。大正から昭和初期にかけてタイピストが女性の職業として定着して、いわゆる「職業婦人」の仕事の選択肢の一つにもなっていました。

私には7つ年上の姉がいて、女学校を出てすぐに結婚して、30代半ばから働き始めようとしていたのね。でも、これといったスキルがないからいい仕事がなくて、慌ててタイピングの技術を身に付けたり、仕事のために後からやることがたくさん出てきたりしてあたふたしている姿を見て、仕事については前もって考えておかないといけないと思いました。私は長く働いていきたいと思っていたので、そのためには何をしておくべきかということを考え抜いたんです。

私の場合、その一つは英語。女学校卒業直前くらいに戦争が終わって、世の中が急に「英語、英語」ってなったんですね。それで、旧制の津田塾専門学校で英語を一生懸命学びました。そして、後の職業に有効になるだろうと、戦後になって女性にも門戸を広げたばかりの東京大学法学部に進みました。

それと、もう一つが資格。当時、普通の会社に就職しても、出世も賃金も男女差があって、定年の頃になるとその差は大きく出てしまうものでした。同じように働くなら、男女の性別関係なしに評価されていきたいと思ったのね。生涯一つの仕事を長く続けて、男性とあまり差別されずに賃金や地位が上がっていける職業となると、医師や弁護士などの専門職を除いては国家公務員しかありませんでした。だから私は国家公務員になろうと思ったんです。

長く働き続けることで人間力を養う

今では働き方や会社の在り方は多様化していますが、私の時代はまだまだ年功序列の雇用慣行が根強い時代でした。私は若い時からこの雇用慣行を知っていて、だからこそ、いかに一つのところに腰を据えて長く働いていくかを考えていました。

今でも長く働き続けることは大切だと感じています。できれば、一つの会社で経験を積んでいくことももちろん大事ですが、雇用条件などの制約があったり、ライフステージに応じて働く場所を変えていく必要がある場合は、その職場でできる限りのことをして、次のステップへと繋げていくことを是非考えてほしいですね。

働き続けるには、忍耐力もいれば、持久力、集中力など、いわば人間力がいるんですよね。簡単にそれを投げ出してしまったら、いい加減な人生になっちゃうんじゃないかなと思います。

私も長く働いてきた中で腹の立つこともありましたよ(笑)。上司と部下の板挟みになって物事が上手くいかなかったりしてね。胃潰瘍や十二指腸潰瘍になって、もう辞めようとも思ったけど、上司が変わるなどの環境の変化があって、パーッと目の前が開けたの。

「もうこの仕事は嫌だ、辞めよう」ということは誰にでもあるはずだと思います。だけど、そこをひと頑張りする。そうしたらやっぱりターニングポイントがあるんです。だからこそ、働き続けることって大事なんだと思いますよ。

私の頃は数えるほどしかなかった女性の職業も働き方も、今は選択肢がたくさん。子育てしながら働く環境もとてもよくなってきています。さまざまな分野でやりがいのある仕事を続けていって、社会の中で役に立つ存在であってほしいですね。

赤松良子さん

赤松良子さん

赤松良子
1929年生まれ。大阪府大阪市出身。津田塾専門学校(旧制)、東京大学法学部卒業。労働省に入省後、婦人少年局、労働基準局、職業安定局、国連代表部(外務省)などで勤務し、1982年に婦人少年局長に就任、1983年には初代婦人局長に。その間「男女雇用機会均等法」の制定(1985年)に尽力した。その後、駐ウルグアイ大使、文部大臣などを歴任し、現在では、NGO「WIN WIN(ウィンウィン)」の代表や日本ユニセフ協会会長を務める。

(原稿/岩本恵美 撮影/三坂修二)