U29(ユニーク) 女子プロジェクト

「“呪い”にとらわれ過ぎず、自分の楽しさを追求できれば」――『逃げ恥』作者・海野つなみさんからU29女子へのメッセージ

『逃げるは恥だが役に立つ』作者・海野つなみさんが提唱。
「自分の楽しさを基準にする」ことから生まれる幸せ

逃げるは恥だが役に立つ

家事を仕事とする雇用関係から始まった“契約結婚”が、やがて仕事とリアルな恋愛との両立に……? 

斬新な仕事観・結婚観を描いた大ヒットマンガ、『逃げるは恥だが役に立つ』。その生みの親である海野つなみさんに、主人公・みくりと同世代にあたるU29女子の幸せのカタチについて、さまざまな角度からお話をうかがってみました。

ユニークなメッセージの数々に、目からウロコが落ちたり、元気づけられたり。仕事観や恋愛観におけるヒントがいっぱいです。

 

「運命の出会い」でも「大恋愛」でもなく、なんとなく始まる恋もいい

『逃げ恥』では、“契約結婚”というテーマが興味深かったです。どういう発想からこのテーマになったのでしょうか?

草食男子と呼ばれる人たちがいるけれど、そういう積極的ではない男性と恋愛する場合、どう付き合えばいいんだろう?という妄想がきっかけでした。

そこから、「何かの役割を演じる」というカタチでなら成り立つのでは?と思い立ち、雇用主という役割を演じさせる、つまりビジネスという切り口を取り入れることにたどりついたんです。

結婚って、好きで好きでたまらない相手としたからといって、必ずしも上手くいくとは限らない。だから逆に、一緒にいてそんなに居心地の悪い相手でなければ、しばらく一緒にいることで、やがて恋愛感情も芽生えてくるんじゃないのかな、という考えもベースにありました。

例えば学生時代の親友って、最初に友達になるきっかけは、わりとしょうもないことだったりするじゃないですか。たまたま名字の五十音順が近かったとか、部活が一緒だったとか、家が近かったとか。そんな偶然から友達になって、気づいたらもう10年、みたいなものだったりしますよね。

なのに、こと恋愛となると、「私の運命の相手はどこにいるの?」と大げさになりがち。親友はそんな風に探したりしないのに(笑)。「この子は真の親友ではないんじゃないかしら」「私にはもっとほかに素晴らしい親友が待っているのでは?」なんて思うことはまずないですよね。

それと同じで、「たまたま出会ったけど、気づいたらずっと一緒にいるね」っていう恋愛があってもいいし、そういうのも素敵だなって思うんです。

そういう「運命の相手」や「大恋愛」にこだわる必要はないんじゃないかなという気持ちもあって、『逃げ恥』は新しいカタチの恋愛話になりました。

お互いの役割を意識したような斬新な結婚スタイルが、マンガの世界だけではなくなる時がくるかもしれませんね。

実際に『逃げ恥』のような契約結婚をされた方というのは、まだ聞いたことはありませんが(笑)。でも、この作品が役に立てばいいなと思いますね。

ただ「こういう方法をやってみよう」と教えるマンガにはしたくなかったんです。

例えば、作品の中では最終的に、共同CEOとして家事や支払いの分担についてルールを再構築するのですが、どちらが上でどちらが下、ではなく「お互いの生活の場を見直す」ということがポイントでした。

こういうちょっとした設定でも、必要なところだけを参考にしてもらったり、何かの扉を開けるきっかけにしてもらえたりしたら、嬉しいですね。

『逃げるは恥だが役に立つ』作者・海野つなみさん

 

SNSの発達がコミュニケーションに与える影響と、イマドキの恋愛感覚

イマドキの社会事情について取材されることも多いかと思いますが、U29女子世代の恋愛について、どんなふうに感じていらっしゃいますか?

草食系が多いと言われていますが、反対に、しっかり遊んだり、恋愛を謳歌したりしている人たちも、実は結構いますよね。SNS時代なので、アピールが得意な人たちはそれを通じてどんどんいろんな人と繋がっていたり。

一方でそういうアピールが苦手な人たちは、SNSでの失敗を恐れてしまうという傾向が。一度投稿してしまったものは、意外と残って、人の目にもつきますからね(笑)。二極化が進んでいるのではないでしょうか。

たしかに、SNSの発達がリアルな人間関係に与える影響は大きいですよね。

実名でSNSをしている人は炎上を恐れて本音を言わないし、アカウントを複数持って裏と表を使い分けている人も少なくありません。

自分を守るためには必要なことでもありますが、そういうことをしていると、どうしても相手と距離をおいたコミュニケーションになりがち。お互いが踏み込みにくくなっている部分があるかもしれません。恋愛においても、そういったSNSの影響は良くも悪くも大きいでしょうね。

ただ最近思うのは、一気に距離を縮めて相手の中にどんどん入っていく恋愛もあるけれど、一歩引いたコミュニケーションでも上手くやっていける場合はあるんじゃないかな、ということ。『逃げ恥』ではそんな恋愛を描いたつもりです。

あくまで自分の立場をわきまえて役割をまっとうすることに徹し、適度な距離をきちんと保つ。それによって相手に与えた好印象が、やがて恋愛感情へと発展していく……。相手にグイグイ踏み込まないからこそ芽生える、奥ゆかしい恋愛もいいんじゃないかなと。

『逃げるは恥だが役に立つ』作者・海野つなみさん

「実は『逃げ恥』では、みくりや平匡さんのやりとりにSNSは使ってないんですよ」と語る海野さん

昔からあったとは思いますが、今はいろいろな結婚のカタチがありますよね。例えば別居結婚や、男性の専業主夫など。こういった結婚の多様化については、どう思われますか?

そこにちゃんと感情が伴っていればいいんじゃないかと思います。コスパだけを優先させて気持ちをないがしろにしてしまうと、どちらかがモヤモヤした思いを背負うことになってしまいますが。お互いの気持ちを大切にしながらコスパを追求するのは、いいことだと思います。

世間的には「こうあるべき」「こういうものだ」みたいなものがあっても、自分たちが良いと思えていれば、形式にしばられる必要はないかなと思いますね。お互いの合意のもと、自分たちにとってのベストなスタイルを見つけるべく、いろんなカタチを試してみるのはいいことではないでしょうか。

 

「人からどう見られているか?」という視点を「自分が楽しいかどうか?」に変えると楽に

U29女子の中には、仕事や結婚についてモヤモヤしながら、他人と自分を比べて負のループに陥る人も。自分の心を満たすには、どうすればよいのでしょう?

比べる対象って、エンドレスだと思うんです。結婚している人と未婚の自分を比べ、やっと結婚できたと思ったら今度はその中でのランク分けに苦しむ。夫の年収がいくらか、どこに住んでいるか、子どもが進学校か。そういうことを人と比べて気にし始めると、キリがないですよね。

それって、「人からどう見られているか?」を考えるから、しんどくなるのではないでしょうか。基準を「自分が楽しいかどうか」にすれば、きっと負のループから解放されるはずです。

例えば、わざわざ遠くの人気ドーナツショップまで出かけて並び、やっと手に入れたドーナツで「最高の一枚」を撮る。もちろん自分が楽しいから写真をアップする、というのならよいと思います。

ただ、「誰かに見せるため」になるとしんどい。ああでもない、こうでもないと何回も写真を撮り直していたら、揚げたてだった場合、ドーナツ、冷めちゃうし(笑)。

だったら近所のコンビニで買ったドーナツに、「有名店じゃないけどおいしいな」と、のんびり幸せを感じるほうが、ずっと楽しい気がするんです。

「自分の楽しさを追求する」方が楽しい!と割り切れれば、楽になれるのではないでしょうか。

 

現実逃避の夢より、生活が楽しくなる夢を見て

結婚や出産を経ても仕事を続ける女性が多い時代。女性が長く働くということについてはどう思われますか?

自由になるお金を持つのは、大事なことですよね。たとえ結婚していても、旦那さんがいつどういう状況になるか分からないので、危機管理として自分で動かせるお金を持っておいたほうがいい。そういう意味でも女性が働くのは大切だと思います。

「もう仕事するのがしんどい! やめて楽になりたい! だから結婚!」という現実逃避的な考えは、失敗の素じゃないかな、とも思います。

「ここから私を連れ出してくれる」ステキな彼や、「この状況から私を変えてくれる」夢のような仕事なんて、ありませんから(笑)。何かから逃れるために仕事や結婚をするのは、違うと思います。

とはいえ結婚にしても仕事にしても、気負いすぎないことが大切。自分のできる範囲で、気を楽にしていろんな人と協力しながらやっていけば、しんどいことばかりではないと思います。あまり夢を見すぎずに(笑)。

夢より現実を見るべきなんですね。

夢を見ること自体はいいと思うんですよ。勘違いではない夢であれば。たとえ妄想に近い夢だとしても、それが生きていくうえでの楽しいエッセンスになるならOK!

私もそういう夢ならよく見ます。
一昨年かな、「歌会始の儀」に出席したい!って盛り上がってました(笑)。応募者数万人の中から10名が選ばれるなんて、宝くじよりずっと可能性があるじゃない!って。

ノーベル賞取るのは無理だけど、こっちならもしかしたらいけるかもしれないよね、でももし選ばれても正装なんて持ってないよ~、って妄想したりしてましたが、それもまた楽しいじゃないですか。生活の励みになるようなこういう要素も、大事かなと思いますね。

 

一般的な形式にこだわらず、自分たちがやりやすい方法を見つけるのがベスト

女性は就職、転職、結婚、出産、その後の仕事の継続など、選択肢が多い分悩みも増える気がします。

今まではずっと女性の負担が大きかったんですよね。夫と同じように働いていても、家のことや子どものことは女性がメインでやるのが当たり前、という空気感でした。

ところが、多分今の30代の人たちの世代から、世の中の流れが変わってきたんじゃないでしょうか。男女の境界線みたいなものがなくなり、それぞれが固定観念の中で役割をこなすのではなく、「やれるほうがやればいい」という風潮に。

料理が苦手な女性が「料理の腕を磨こう」ではなく「料理の上手な人と結婚しよう」と思う一方で、「自分が家のことをやるから、稼ぎのいい女性と結婚したい」という男性が登場する時代へ、移り変わろうとしていると思います。

ひと昔前なら批判されていたかもしれませんが、お互いの気持ちが一致してさえいればいいんじゃないかと思いますね。

かつて女性は、仕事していても「これは女のやること」と家事や育児に縛られ、男性も「自分の稼ぎで妻子を養っていかなければならない」という重責を背負っていました。それぞれが「男たるもの」「女たるもの」という“呪い”にとらわれていたんですよね。

でもそんな足かせを取り払って、「必ずしもそうしなくていいんだ」と気づけば、みんなが楽になれると思うんです。

夫婦の中で上下関係は不要なものだし、大切なのは相手を言い負かしたりすることではなく、お互いにとって大事なものが何かをふたりで考えようという視点。そういう部分でこそ、「コスパ追求」という考えも有効なのではないでしょうか。

『逃げるは恥だが役に立つ』作者・海野つなみさん

「『逃げ恥』の作中でも触れましたが、こうあるべきだとか、そういう”呪い”にとらわれないでほしい」

仕事や結婚、子育てに不安を感じているU29女子にエールをお願いします。

あまり「仕事!」「恋愛!」というふうに分けなくてもいいんじゃないかなと思いますね。すべてひとくくりで「生活」ですから、気を楽にして大きくとらえると良いかもしれません。

男女の垣根がどんどんなくなってきている時代。仕事も恋愛・結婚も上手くこなすのが理想ですが、そのカタチにとらわれすぎないことが大事。

ここでもやはり、自分が楽しく過ごせるかどうかが基準になってくると思います。「こうあるべき」と決めつけず柔軟な気持ちで、自分たちにとっては何が一番幸せなのかを追求していけばいいのではないでしょうか。

 

『逃げるは恥だが役に立つ』作者・海野つなみさん

海野つなみ
漫画家。1989年、なかよしデラックス(講談社)にて『お月様にお願い』でデビュー。著作に『回転銀河』『後宮』『小煌女』などがある。2012年に連載スタートした『逃げるは恥だが役に立つ』では、第39回講談社漫画賞・少女部門を受賞。2016年10月~12月にはTBSにてドラマ化され、社会現象となるほど大ヒットした。マンガは2017年2月、番外編をもって連載終了。最終巻である9巻は3月に発売されている。

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